巣鴨駅は昔から「おばあちゃんの原宿」と言われているほど高齢者が多く集まる街です。巣鴨駅の近くの地蔵通りは有名ですが、そこを通ると見事に高齢者が非常に多いという事が感じられます。そのため高齢者対策として駅のエスカレーターや大型スーパーのエスカレーターの速度が遅かったり、バリアフリー化を行ったり、山手線改札内に多目的トイレを設置するなどの対策がとられています。その反面、中学校や高等学校などの学校施設も多く建ち並び、ホームには山手線を利用する学生が多く、また駅前には学生が楽しめるファーストフード店や居酒屋が並んでいるのも特徴です。万人が楽しめる街が巣鴨なのです。
太平洋戦争の際、まさに陸軍の中枢にいた本人の手記
というそれだけで読む価値があります。
評論家、歴史家の「復元」や「裁定」からは窺えない
ものが本書にはあります。
歴史が実際に個人にどのようにたちあわれるのか。
一兵卒の「オーラルヒストリー」と同じように、
中枢にいた将官の生身の太平洋戦争が刻まれた手記です。
戦況の詳述部分は、ある程度その戦いについて、教科書的
な知識がないとわかりつらいです。しかし、文章そのものは、
極めて簡潔です。個人的にはこういう文章をかく人物は
信用していいように思えました。
その証言で武藤を絞首刑にさせたといわれる田中隆吉の手記
とあわせて読んでください。
(文庫ででていましたが、今は品切れのようす)。
昭和前期の政治プロセスのなかに、陸軍を代表して頻繁にその顔を見せる武藤章氏の手記。
故・山本七平氏が、フィリピンの捕虜収容所で出会った将官たちの中でも一種とび抜けた迫力を持つと評した人物(『一下級将校の見た帝国陸軍』)。
たしかに、いかにも軍人と思わせる直截な筆の運びと言い、衒いもなく自己の行動を合理化する姿勢と言い、この調子で迫られたら、近衛文麿氏や広田広毅氏ら、たいして定見があるわけではなかった長袖者流政治家は、大変な圧力を感じたことだろうと思われる。
記述中、関係事実の独特な解釈や、自己の果たした役割を過小に見せようとする官僚型謙譲(無責任?)の是非は、目を通す読者諸賢の判定に委ねるとして、第2次大戦以前当時の政治情況、とくに現場の雰囲気というものを知るには、まことに得難い1冊。
とりわけ注目したのは、政党政治家の存在を、軍部の首脳部が、かなり重く見ていた点。
とかく昭和史研究家は、『西園寺公と政局』や『木戸幸一日記』の記述に引っぱられ、政党政治家の動きを、昭和史のなかでは傍流にすぎなかったと捉えがちだが、それは、彼ら宮廷貴族が、政治家としては国民から浮き上がった存在だったからであり、適確に輿論の動向を把握することができず、官僚陣や軍部側の意向を過剰に意識し引きずられた結果だということ。むしろ、軍部のほうが、よほど国民輿論の向背すなわち政党政治家の動向に敏感だったことの現れだと言ってよいだろう。
かつて中公文庫は、かなり活発に戦前期の政治家の回想録や歴史事件当事者の手記などを取上げていたが、近頃は途絶えがち。戦前期はむろん昭和30年代末頃までに出版された書籍なども、もう古書店でも中々見られなくなっているので、ぜひ、どんどん文庫本で再刊して読者に提供して欲しいと思う。
史家の書くものは、どうしても学者的視野狭窄が付きまとうし、あくまでも参考書にすぎないしね。その人間を知るに、やっぱり生もんの魅力には勝てないなと思う。
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